うちわ祭の名前の由来
江戸時代には多くの祭りがそうであったように、熊谷でも各家で赤飯を炊いて親戚に配ったり、商店では仕入れ客に振る舞っていた。厄除けには赤の色がいいというのが理由。いつのまにかそれが祭り見物にも嗜好されるようになり「熊谷の赤飯振る舞い」は祭りの名物になっていった。ある年、泉屋横町にあった料亭「泉州」の5代め主人が、当時生活必需品だった渋うちわを配るようにした。渋うちわといっても日本橋の老舗「伊場仙」製ということもあり、これが評判をよんだ。その後、各商店でも買い物客、取引商人に赤飯の代わりに渋うちわを出すようになり「買い物は熊谷のうちわ祭の日」と言われるようになった。事実、3銭の買い物に5銭のうちわを振る舞ったのが由来である。














